劒岳〈点の記〉



地図を作るための測量を仕事とする男の物語。

傑作です。

明治時代、当時はまだ開山されていないとされていた劒岳に、測量のために赴く測量官の柴崎。北アルプスの厳しい自然と対峙しながら劒岳の岩稜を制覇し、しかもそこに三角点を設けるという。これだけでもおおごとなのに、日本に発足したばかりの山岳会を意識する上層部。劒岳は登ってはならない山としている宗教登山との関係。地元役人との軋轢。様々な困難を克服しながら測量という仕事を全うしようとする測量官と、山の男達の、静かで力強い生き様は必読。


あらためて、新田次郎の作品が好きです。氏は事前の資料収集や現地調査を怠らないというその姿勢が好きだし、細部まで緻密に書き込まれた文章が好きだし、自然の美しさの見事な表現も好きです。特に緻密さは群を抜いており、読み手としては気を抜けません。

この世に数多ある小説。だいたいどの小説にも、良くも悪くも気を抜いて読める節、気の抜けた節が存在している気がします。それらは著者が意識したものかどうかは不明ですが、そんな文章には読み手側も知らずそれ相応の態度をとり、結果的に心ここにあらずで文を目で追うだけになってしまうものです。

しかし新田次郎にはそれが無い。神は細部に宿るとでもいうのか、隅々までの書き込みは圧倒的だ。しかもそれは無駄に文字量を稼いでの表現ではなく、その場の情景や、登場人物の所作や、心の機微を、美しい歯切れの良い言葉の組み立てで的確に表現していく。無駄な部分がまったくない文章は一字一句読み逃せず、読み手として真剣に向き合いたい。



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The 9th trail. のあるじです。右往左往しています。